266.開設5年。当時を回顧する。

大和心への回帰は、間もなく立ち上げてから満5年を迎える。


ブログ開設は、猪瀬氏失脚後の東京都知事戦を終えた直後の´14年2月であった。
年明け早々、石原慎太郎は元航空自衛隊幕僚長、田母神俊雄の支持を表明し、田母神は靖国神社から出陣したことを思い出す。


自民党支持者は、麻生時代、後足で砂を掛けて去った舛添要一を擁立した党の姿勢に反発する空気が充満していたし、原発反対を掲げた小泉純一郎が、元総理の細川護煕を担ぎ出したのもスッキリしなかった。


そんな背景のなかで、自民党の右側に柱を立てる真性保守の台頭が嘱望されていた矢先での田母神俊雄の出馬は、ネット上では日増しにセンセ―ションを巻き起こしていった。


メディアは田母神の台頭を快しとせず、見てみぬふりをして「泡沫候補」として見下すように扱ったのが更に田母神ブームに拍車をかけていった。


結果は、公明党の強い意向と、勝つ候補を擁立せねばならない自民党が支持した舛添要一が、200万票を獲得して圧勝したものの、選挙前日からの雪で組織力のある支持母体を持つ舛添有利に働くも、田母神は61万票を獲得。その健闘が選挙後の話題を独占した感があった。


「大和心への回帰」は、真性保守を待望し、そこに登場した田母神俊雄とその後の「田母神新党」の結成に夢を馳せたのが、当時のブログ開設の動機であった。

あれから5年。

当時ここに登場した石原慎太郎、石原と一時は真性保守を目指して意気投合した橋下徹、そして舛添も田母神も政界の第一線から消えて久しい。


更に、舛添失脚後の後任都知事となった小池百合子は゛初の女性宰相候補゛ともてはやされた過去を忘れられないと見え、安倍政権になってからサッパリうだつが上がらないことに業を煮やし、舛添同様出馬の意志を自民党に打診することもなく、ひんしゅくを買いながら党に砂をかけて出馬。当選を果たした。


都民、国民は小池を「ジャンクダルクの再来」とまでもてはやし快勝したのもつかの間、少々図にのったのが仇となり、希望の党を発足させたまでは良かったが、今は見る影もない。

舛添も小池も、なまじっか「次の宰相候補」「宰相にしたい政治家」などともてはやされたために、その過信が脳裏から離れずに消えていった典型である。

それを思うとき、史上最年長宰相在任を目前に控えた、安倍総理の偉大さは尋常ではないと改めて痛感するのみである。

ブログ開設の発端が、´14年の都知事戦であったことから当時を振り返ったが、栄枯盛衰の激しさを改めて痛感する。

大和心への回帰は、多くの方々に支えられて今日までたどり着いた。

その過程では何回も妨害され、ブログを消されたこと、誹謗中傷は日常茶飯事であったが、著名な方々をはじめ専門家諸氏、博識な読者諸氏に寄せられたコメントには定評があった。

なかなか更新もおぼつかないなか、読者の方々に支えられて何とか6年目に突入するに当たり、当時を回顧し一言御礼申し上げさせていただいた次第である。

なお、改めてご紹介する予定であるが、現在「大和心ビジネス版」を開設したいと考えていることをお知らせし、ひとまずこの稿を終える。

"266.開設5年。当時を回顧する。"へのコメントを書く

お名前:
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

モッピー!お金がたまるポイントサイト