258.工作。

過日(7/21)飯山一郎先生が亡くなられた。

独自の情勢分析や、ご自身の広い人脈から得られた様々な情報を、鋭い視点から洞察された読み応えのあるブログは、今見ても圧巻であったと振り返る。

飯山一郎のブログ

その飯山先生が、昨年の9/21付けのブログで、拙ブログについて以下をアップされていたのを思い出した。

http://grnba.jp/more102.html#aa09211
「大和心への回帰;これぞ本物の国士のブログ」飯山一郎

文中で述べられているように、勿論面識はない。
過分な評価をいただいているが、私にとっては勇気を授かり大変ありがたく、そして貴重な記事である。

ご冥福をお祈り申し上げる。

ところで…ブログが休稿に入ってから数ヶ月にもなり、記事の更新も月1~2という状況にもかかわらず、相変わらず多くの皆様からアクセスしていただき、日々途切れることなくコメントをいただいていることには、一ブロガーとして大変ありがたいことである。

皆々様に改めて感謝申し上げたい。

ところで、良識ある方々から複数ご指摘されているように、休稿以来「大和心への回帰」のコメントに異変が生じている。

私自身コメントの掲載については、ご本人から非掲載を要請されたもの、または明らかに読者を陥れる魂胆がありありのもの以外は、極力掲載させていただいているが、思うところあってのことである。


「明らかに読者を陥れる魂胆がありありのもの…」の中には「巧妙に成りすまして工作の意図が感じられるもの」は除いていない。

そもそも「大和心への回帰」に集われる方々は、リテラシーとクオリティの高さに定評があり、そのコメントはしばしば話題になったことが多い。

極力掲載を拒否しないスタンスでいることは、「工作員」が入りやすい環境にあることも事実である。

但し、当然のことながらすべてのコメントは拝読させていただいており、今は差別用語となっている「め⚫️⚫️判」を押すがごとき取り扱いは一度もしたことがない。

しかし、巧妙な工作が仕掛けられたコメントには「嗅覚」が働き、違和感を覚えるので、判別しやすい。

ブログの背後には、数千数万の読者諸氏が控えられているため、このブログの方向性に共感し、価値観を共有している読者の方々は、私同様、嗅覚が作動している。

嗅覚の働く方々は、臭いのするコメントを鵜呑みにすることはなく、深く内容を洞察しつつ、その魂胆を看破しようとするので、簡単には嵌められない。

「巧妙な工作」というのは、成りすましに長けているともいえるのだが、いくつか特徴がある。

流れに不自然さが感じられる投稿があった時に、別人なのか一人二役を演じているのかはわからないが、別のHNで同調してくる場合は、極めて怪しげである。

このように書くと、必ず反応があるのでわかりやすい。

読者を貶める魂胆がある場合は、わざわざ投稿してまで、背後に控えている良識ある多くの読者を巻き込む必要はない。

黙って消え去ればいいだけのことだ。

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