247.戦後の終焉

初詣に訪れた神武天皇所縁の橿原神宮には「紀元二千六百七十八年」と縦書きで書かれていた。

初代神武天皇の即位を元年としたのは、実に紀元前660年であることを考えれば、「紀元」はむしろ「皇紀」の方がふさわしいといえる。

125代の今上天皇は、来年4月で譲位されることが決まっている。そして、今年は明治から150年の節目の年である。

過日多摩川で自死されたとする故・西部邁氏は、60年安保世代であり、70年安保当時にほぼ20代前半だった団塊世代より、概ね一回り上の世代である。

この世代は終戦当時ほぼ小学生ということで幼少期に戦争を体験し、物心がついた頃に惨憺たる敗戦を体験している。

GHQによる敗戦政策にどっぷり洗脳され、反日左翼思想が染み付いていた世代ともいえる。

冒頭に紀元2678年のことを書いたのは、拙ブログでは、久しくご無沙汰していた光文書を拝読し、いわば「日本人の戦後脳」とでも言おうか、大和魂が自虐史観に洗脳されて本来の日本が失われて70有余年。

積氏によれば、敗戦による唯物思想に洗脳された時代が行き詰まり、戦後精神が死を迎えることに言及されている。
氏によれば、天皇の役割の終わりと西部邁氏の死は、戦後精神の終わりを告げる象徴であるとされる。

死んだら終わり…という価値観の終焉は、新しい時代の精神的価値観の到来を示唆するものであると共に、それは私たち日本人が、更なる高い次元にステップアップするために、天から与えられた試練といえるであろう。

先頃行われたFNNの世論調査による内閣支持率に、新しい時代の精神的価値観が確実に変化していることを示す、興味深い結果が出ている。

10~30代の次代を担う若い世代の安倍政権支持率は何と約70%という圧倒的な水準を示した。

若い世代ほど安倍支持

もはや、次代の日本を牽引する若者たちは、すでに新時代に適応する精神的進化が醸成されているのかも知れない。

戦後の自虐的思考や反日思想は微塵も感じられない、健全な精神が甦った象徴として、歓迎すべき現象である。

日本人でありながら、日本の足を引っ張り続ける思想はどう見ても不健全である。

五輪選手が君が代を声高らかに熱唱し、国旗掲揚に感激する若者たちで固めている日本の未来は頼もしい限りだ。

光文書「戦後精神の死」

この二千十八年一月二十一日に、西部邁という論壇の雄が、多摩川で入水死をされたと報道されています。同じ日の大阪におけるシンロジカル・セミナーの第三十五回において、私は、タカアマハラの天孫のみたまの最終ステージへの降臨について語ると同時に、皇紀は二千六百七十五年に終了したことを改めて確認したことを報告しました。この平成三十年は、明治百五十年という区切りにおいて、明治、大正、昭和、そして、平成の世の終了とともに、神武天皇以来百二十五代続いたとされる天皇の精神界的な役割も、終わります。その意味では、いまひとつの時代が死に瀕しているのであり、今回の自死は、マルクス主義の洗礼を受けた戦後第一世代ともいうべき、六十年安保の世代の思想的、哲学的な格闘の象徴的な結果ともいえます。その死は三島由紀夫の自決とは、別なテーマを、日本人の精神に投げかけることになるはずです。

死は終わりではない、という立場の私は、自分の意志で人生を終わらせようとする人間的行為について、否定も肯定もしませんが、西欧文明に学び、唯物論で思考することを自分たちに課した戦後精神は、これで死んだと感じています。
今上陛下の退位の前に、このような事が起きたのも偶然ではないのです。
これによって、日本精神のベクトルは、対米従属の戦後精神から、大きく転換することになると、私は予測しています。その理由は簡単で、六十年安保の世代と、七十年安保の世代が、死に向き合うことで、死んだら終わりと信じ込んで生きてきた自分の人生の空虚さを再発見することになるからです。
私は、頑なに、死んだら終わりと信じて生きている、または、生きてきた人間に、死んだらどこに行くのですか、と問いかけることをすすめています。多くの場合、その質問には、死んだことがないからわからない、という回答がかえってくるので、死んで行くところを考えない人間は闇に閉ざされるのですよ、と教えてあげなさい、ともいっています。それを実践した場合、強烈な怒りのエネルギーが、自分に向けられることがほとんどですが、どんなに精神学が教えているエネルギーに鈍感な人間でも、そこに恐ろしいほどのエネルギーを感じるはずです。
多くの人間にとって、死の先にあるものは、それほどの恐怖をもたらすものなのです。どんなに善良な人間であったとしても、唯物論者には、死後の行く先がない、という単純な神理に、これから戦後日本人は向き合うことになります。
死を怖れる人間は、生に執着し、長い人生を自ら想定しますが、死の先を考えることはありません。ここに現行文明の限界が見えているのです。
いまの子供たちが成長の過程で目にするのは、快適に死に到る時間を希求している大人の姿がほとんどなのです。そこには、人生の目的がありません。
教育さえも、楽な人生を、マネーで買い求めるひとつの手段となっています。
こうした日本の社会の姿は、対米敗戦の後、七十有余年に渡って、浸透してきた物質万能の価値観の結果なのですが、その行き着く先に、枯木のようになって死んでいく、自然死の姿がほとんど消えつつあるという、たましいのレベルでは最悪の事態が進行しています。
西部邁という人物は、日本では常識となった、病院死を選ばなかったとされていますが、人間が死を迎える姿として、水が飲めなくなったら、ほぼ二週間で、枯木のようになって、この世から去っていく、というのが自然だという知には到らなかったように見えます。それも含めて、戦後日本の精神を代表するものの意志だったと考えると、その死によって生きるものたちに何かを残したといえるのでしょう。

二千十八年一月二十五日 積哲夫 記

この記事へのコメント

  • ATD-X

    主様

    主様のお感じになられている事柄、小生も輪郭ははっきりしなくとも共感するところはあります。
    傍証になるかどうかですが、現安倍政権に対する70%の支持率を持っているという最近の若い人たちの傾向に関して日常のコメントをいたします。
    ベンチャー企業の採用責任者に聞いた話では、5年前と今で比較しても響くものは断然違って来ていて非常に期待できる人が増えたということでした。

    また別に税理士さんに聞いた話ではここ30年間を比較しても世代間の考え方の違いがとてつもなく大きく、今の若い人は非常にしっかりした考え方の土台を持っているとのことでした。

    因みに蛇足に過ぎますが、小生の住む自治会の班でさえ、ごみの出し方、自治会への協力の仕方、清掃の仕方どれを取っても若い世代(20~30歳台)がその上の世代より良好な傾向となっております。

    ここに今までにはない何か大きな流れの現れを感じています。

    話は変わります。
    天皇家の役割ですが、畏れながらこの国を人体に例えるならば自己複製が可能な全能性幹細胞の大本の役割でしょう。
    今後その元に多能性幹細胞の役割、あるいはもっと具体的に組織幹細胞を担う才能がどんどん出てくるはずです。そして従来は陛下のご公務の超過密さだけでなく国民も霊的に保護を頂いておりました。今後はその役割の多くを目覚めた国民が担い、陛下のご負担を軽減していく過程へと進むはずです。
    しかしながら下部の幹細胞が如何に多くを成し遂げ、大いなる発展の基礎になろうとも全能幹細胞の輝きや重要さは些かも損なわれるものではありません。

    記事を拝見し最後にもう一言。物事のうわべしか見ない今の文明はいよいよ終わりに来たと感じました。表面を嘘で取り繕い、虚勢やカリスマなどハッタリで強く見せかけていた文明がいよいよ滅びていくとみました。
    2018年01月30日 12:52
  • 琵琶鯉

    主人様、積様の光文書における皇紀2675年で終了という文言、確かに初代、神武天皇から125代の今上陛下のお役目、日本人の精神的支柱となり、今上陛下による大御心の具現化(私的なモノに囚われず、片寄る事なく、全ての人々に平等に)を私達国民にお手本として、示しておられるのでしょう。
    皇室は、日本人が大御宝としての役割を望んでおられるのでしょう。この国難を乗り越え、大和心の覚醒と悪心をも包み込み本来の真心に戻す役割を担っていりのかもしれません。だから、死んでも頑張ってくだされ。という事なのでしょう。なかなか長い道のりですね。まぁ、ある意味目標が出来て良いかもしれませんね。
    死んだら終わりではないのですから(^-^)v
    2018年01月29日 17:21
  • King

    天皇制の終焉

    先日、卒業しました学校の仲間達と久しぶりに集い
    昔話に華を咲かせ、盛り上がってきました
    中央には「恩師」である担任の先生を据えて

    今回主様が提示された「天皇制の終焉」とは
    日本人の、ある段階の「卒業」という精神的進化ではなかろうかと推察いたします。

    卒業してもなお「恩師」に対する感謝の念は絶える事はありません
    2018年01月29日 13:09
  • 日本人へのリンチー私通信

    https://m.youtube.com/watch?v=dIPp7GXXl3w
    大和心さま、青山繁晴さんの米国で、日韓合意が、どう働いたかです。絶対に韓国とコリアンネットワーク及び日米メディアの捏造と悪意を放置する事はできません。
    2018年01月29日 09:15
  • 特命希望

    積様の光文書・・・確かに難解ですが、自分にとっては形而上の事象を学べる貴重なものとなってります。
    しかしながら、こちらの一節
    >皇紀は二千六百七十五年に終了したことを改めて確認したことを報告しました。この平成三十年は、明治百五十年という区切りにおいて、明治、大正、昭和、そして、平成の世の終了とともに、神武天皇以来百二十五代続いたとされる天皇の精神界的な役割も、終わります。

    何か判然としない思いです。
    勿論、天皇制や皇室が終わってしまうという話ではないという事は分かりますが、神意というものは難しいものだと思わされます。

    さて、西部邁氏の逝去に続き野中広務氏が死去との報が伝わってきました。
    戦後の終焉という意味では、このお二方の訃報はまさにそれを象徴するものであるような気がいたします。
    西部氏は自分にとっては、あまりよくわからない存在でありましたが、野中氏は戦後の特定勢力への利権誘導政治の象徴であるというイメージを自分は抱いております。同様のタイプとしては、田中角栄、小沢一郎、金丸信、福田赳夫らが挙げられましょう。(あくまでも私の勝手な感想ですが)
    野中氏の政界引退安倍総理の誕生以降、利権に捉われず真の国益を追求する自民党に生まれ変わったのではないでしょうか。
    安倍総理登場以前に麻生元総理や、野党時代に自民党を苦労して支え続けた谷垣氏の地ならしという功績も大いに評価されるべきでしょうが。
    ただ、野中氏に関しては隠れ共産主義者だったのではないかという疑惑もあるようです。
    死者に鞭打つことは本意ではないのですが、こちらのサイトが気になりましたのでURLを貼らせていただきます。
    http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2013/06/post-9326.html

    なお、「パチンコ屋の倒産を応援するブログ」にはこのような記述もあります。
    >橋本龍太郎、小渕恵三、野中広務、とにかく普天間移設には尽力をした人達です。
    そして普天間移設の問題にも再び死人に口なしとばかりに野中広務の名前を利用しようという気配がありますが、民主党政権が普天間移設をちゃぶ台返ししてメチャクチャにした事について、野中広務は激怒していたということを(マスコミは)わざと報じないで利用することでしょう。
    http://ttensan.exblog.jp/26393764/
    2018年01月28日 21:53
  • ななし(勉強中)

    主様、お久しぶりです。いつも勉強になります
    この前の選挙での野党のドタバタ劇、そこからの乗っ取り、再集合、恥も外見も気にせず、自分たちの信念も言葉も都合のいいように捻じ曲げる。分かっていたことといえもうお腹一杯を通り越して、消化不良です。そして、日弁連をはじめとする、司法の腐敗っぷり・・・。日本再生の道のりの険しさに、改めて気を引き締める思いです。


    それと今回の記事ですが、私も難解ながら積様のブログは読ませてもらってます。なかなか理解するには至りませんが、そんな自分でも大変勉強になります。今回の記事もちょうど読ませて頂いたところでした。私も皇紀が終了したとの言葉に衝撃を受けたのですが、
    なんとなくですが納得する部分もあります。自分なりに思う所は、役割を終えたのであって、皇室及び天皇陛下が無くなりはしないということ。そして役割とは、陛下が私達に大御心としての在り方を
    身をもって実践して見せておられるのだと思うのです。そしてそれは今上天皇で完成されているのだと。私達が目指す所なんだと思うのです。私にとっては遥か彼方の遠い道のりですが、しかし目指すべき場所だと思っています。まだまだ修行が足りない身ではありますが、いつかたどり着き、大和心を取り戻したいです。
    これからも主様のブログで勉強させて頂きます。長文失礼しました。
    2018年01月28日 12:21
  • 西部邁氏の自決

    まあ、大衆に対する絶望の要素が大きかったような気がします。この場合の大衆とは、対する有識者と呼ばれる人々が大勢を占めますが。奥様がいらっしゃれば、まだ論陣を張る元気もあったと感じます。

    日本のアカデミズムは、批判と反論が混同しているではないですか?
    批判とは、フランクフルト学派の相手を打ち倒し、権威を引きずりおろす目的です。
    しかし反論は、より良い知恵を生み出し、相手をよく知るものです。

    西部氏は、電波芸者でもなく、真摯に戦後の日本人を憂いた方でした。少し鬱の気も感じます。三島由紀夫、川端康成、日本の保守と言われる作家、評論家が次々に自決するとは、戦後日本にいかにどれだけニヒリズムが蔓延しているのか、やり切れなくなりますね。

    ニヒリズムの悪循環を断ち切らないと、日本は再生しないと思います。日本人は、自国に無関心という思い病気に罹患しています。
    2018年01月28日 12:15
  • らもーん

    40代後半ですが、若い時分には根拠のない花畑左巻き人間でしたが、もう、今は花畑左巻きを見ると、すごく古く錆びれた遺物を見る思いがします。まだ、そんなことを言っているのか、、とトホホホという笑いがでます。
    はっきりと意識が変容したのは、余命日記と日月神示を読んでからです。
    今では日本が世界中の人々を幸せに導くのを確信しています。
    ですが、天皇陛下の役割の終焉というところだけ、納得いきません。。
    なぜ皇紀2675で終了なのか、、?
    日本国と皇紀は永遠に続きます。
    2018年01月28日 00:06
  • M

    初めまして、Mと申します。初めてのコメントを書かせていただきます。私も信州、北信濃の生まれです。主様の故郷戸隠にはよくお邪魔させていただきました。
    死後の世界ということですが、私一度行った事があります。帰って参りましたが。親しい方には話したことはありますが、本当に美しく、穏やかで、暖かく、光にあふれ、ずっとここに居たいと思わせるところでした。が、二年前に亡くなった祖父が両腕を広げ、これ以上足を踏み入れてはいけないと遮られ、帰って参りました。それから後に劇的に人生が変わった訳ではないのですが、ひとつだけ子供たちにも話している事は、絶対に自分で自分を殺さないこと。それをしてしまうと、死んでからあの穏やかな、美しい場所に行けなくなるよ、という事です。寿命のある限り一生懸命に生きること。格好良く生きなくてもいいから、ただ一生懸命にと。
    その場所を知ってから、死は恐ろしいものではなくなりました。
    (因みに病気で、一ヶ月の入院で済みました。30年ほど前のことです。)ただ懸命に生きること、そして寿命が尽きたときにはあそこにいける。私が覚えたことです。
    そして、ただただ懸命に、”日本を取り戻す”ですね。
    2018年01月27日 10:18
  • 川田

    皇記が終わっている事が受け入れられません。ただ、白人支配からの解放、戦後レジームから
    脱却、大和心を世界に知らしめろとの天命と
    解釈します。皇記にとらわれず世界を幸せに
    しろ!でしょうか。
    2018年01月26日 18:48
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